2006年11月14日 (火)

イマジン・想像力

  新聞に、小泉元首相が「政治家は使い捨てである」と言ったことが載っていた。ならば大企業のための教育の手先の先端にいるのが使い捨ての校長である。いじめ問題や未履修校長はロボットどころか、政府の教育方針を忠実に遂行するために派遣されたマシンと思わなければやっていけないだろう。権力の先端にいる小泉元首相は使い捨てと割り切り、国民の批判というストレスで潰されそうになりながら、アメリカと大企業の要求の実現に頑張った。テレビで、家に戻れば普通の父親である、と息子の光太郎君が笑って述べていた。

  そこでいつも私は、誰が悪いのかと悩む。

  年金を減らし、病院にかかる負担を増やしたら、老人はどうなるのか、国民の具体的な事実、状況や教育への「成果指数・数値目標」導入するとどうなるかどうしてわからないの?この施策がどんなに国民に非人間的なことを強いるのかを察することができたら、行うことができないであろう。そこに自分の立場や地位を守るのか、人間としてできないというヒューマニズムに立脚したイマジンが働くかどうかで分かれるのかな?と悩む。心理学を学習してからわかるようになったのだけど、ヒューマニズムとしてのイマジンは生い立ちからくる人格も関係することもわかってきた。環境としての生育歴や教育が、国民を不幸にすると見通せる人格の分かれ道かな。夫に言わせれば「あんたは甘い!」悩むところでないところで悩むそうだ。  K子

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2005年12月 7日 (水)

はがされなかった張り紙

そのパン屋さんはにぎやかな商店街から少し離れた坂道にあった。転居して4年、その店にお気に入りの「大麦パン」がある。だから私は数日に一回は買いに行く。焼いたのが冷えてもおいしい。夏でも飽きないで食べられる。しかし、この大麦パンは皮ごと粉にしてパンにするので、作るのは大変難しいそうだ。

「大麦の皮ごとパンにするのは、わしが考えたオリジナルのパンや。おおぜいの人に教えたが、作り方が難しくて誰も覚えてくれへんかった。」

つまり自分のオリジナルのパンを作る技術を誰も習得してくれなかったようだ。阪神淡路大震災の前は東京までも出荷していた。ところが思いも寄らない大震災で店が壊れた。歳を取っているということで店を再建するお金を借りられなかった。だから店をあきらめようと思ったそうだ。それでもパンを焼いてくれというお客の声に5年だけ続けることにした。プレハブでの営業だ。夏は暑い。パン焼きのかまどがあるからなおさらだ。クーラーはあっても利かないそうだ。反対に冬は寒い。暖房が利かない。

ちょうど中学生の下校の途上になるこの店に、学校帰りのお腹の空いた男子達が立ち寄る。店の女主人はこの子らに、

「お帰り。」

と言う。中学生達は、

「ただいま。」

と言う。そして女主人と部活の様子など声を交わし合う。大人には無口な中学生だが、ここではとても素直で饒舌だ。喫茶店にも行けない孤独なお年寄りもここでパンを買ってそこで食べる。

5年と思っていたのが10年、頑張ってしまったそうだ。今は体の衰えがひどく、背も縮んだ。妻もまた朝早くから起きてやる重労働に耐え切れなくなっていた。そのため10年を切りに店を閉鎖する決心をした。もう体が頑張りきれなくなったそうだ。

「息子は朝が早いこの仕事が好きでないらしいのでな・・・。」

と、さびしさもひとしおの店の主人の一言が心にしみる。やがて、おおぜいの人達に惜しまれて店は閉鎖となった。サラリーマンらしい息子夫婦と孫も、最後のその日は手伝いにきていた。

数日して店の中のいろいろな道具が運び出された。とりわけパン焼き釜は、黒く光ってどっしりとして威厳があった。店の中の広告などもいっさい剥がされた。しかし、なぜか私に「わしが作ったオリジナルのパンだ」と教えてくれた『大麦パン あります』という張り紙だけがそのままガラスに残されていた。いつ剥がされるのだろうと見ていたが、その張り紙をしたまま何日かしてプレハブは、シャベルカーに押しつぶされていった。

たった一枚の張り紙にパン職人の誇りをみた思いがした。中学生達が安心して立ち寄れる下町の火がまた、ひとつ消えた。   K子

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