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2007年8月22日 (水)

熱中症

 地球温暖化が誰の目にもはっきりみえるくらいになった日々です。酷暑日という35度Cを越える暑さのため「熱中症」になったり、そのために亡くなる人も出る今日この頃です。40度C を超える暑さは驚きですが、それも普通になってしまうのでしょうか?最近の熱中症という言葉を聞くたびに私も熱中症になって一つ違えば亡くなったかもしれないあの日を思い出します。私は、偶然に水をたっぷり飲んだことによって救われました。   

 もう25年になるでしょうか。5・6年生の野外学習としてキャンプがダムで行われました。そこに私は担任でなく付き添いとして参加しました。バスに乗って現地近くまで行き、後はダムのキャンプ場まで一本道で車も通らない安全な道なので、子ども達を歩いて現地に向かわせることになりました。
 でも先生達は、救急用や物資を運ぶための車に乗せてもらって行かれました。何往復かで全部の先生が車で先に現地に到着しました。私は担任もその車に乗って行ったことに腹が立ちました。私が担任なら、子どもと苦しみをともにしたいというのが、自然な気持です。そこで私は歩くことにしました。夏であるので私は日に焼けないように長袖の服を着用し、手袋をつけ帽子をすっぽりかぶり、おまけにタオルか何かを首の回りに巻いていたような気がします。つまり、日に当たる部分が少ない代わりに熱がこもる格好だったような気がする。

 子ども達と会話を交わしながら2時間ぐらいの道のりだっただろうか。
自覚症状はなかったが、ふっと意識がとぎれるような気がしたと思う。喉が渇いたという自覚もなかったのは確かです。ふと見ると目の前に自然の水飲み場があった。そこで子ども達が水を飲んでいました。私も水がほしいと思わなかったが、飲んだ。そこで生き返ったような意識がしたのを思い出す。長い間、そこにいた。現地はそこからすぐだった。
  それからが、なんだか変。その日はしんどくてボーっとしていました。なぜだろうかなとその時は思いました。今から考えるとこれが熱中症だったのは確実です。そして偶然に水のみ場があって子どもにつられて飲んだから助かったのだと、この頃になってぞっとします。テレビの報道を見てるたびに思います。もちろん熱中症という言葉も症状も知っていましたが、まさか自分の状態がそうだという自覚がなかったですし、また今日ほど身近な出来事でなかった時代の話です。 K子

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2007年8月15日 (水)

セミの鳴き声

 「シャー、シャー。」と暑苦しく鳴くせみ。
 私はセミの種類の名前に通じていないので鳴き声だけの話をします。
 ある男の人と話をしていた時、
「このごろ、地球温暖化のせいで、シャー、シャー、シャブー、と鳴くクマゼミが多くなった。昔はあのせみは少なく、ジジジー、ジジジジーと鳴くアブラゼミが大勢を占めていた。」
とおっしゃる。そこで気をつけて聞いてみると、私の周りは朝から「シャー、シャー、シャブー」とうるさい。そう言えば、私の子ども時代、昼寝の耳に「ジー、ジー」と油で照りつけるようなセミの声が耳に残っている。あれを聞くだけで暑さがいっそう増幅させられたようだった。マンガにもセミ取りをしている子どもの相手のセミはこんな声だった。
 以来、あちこちでセミの声に耳を傾けてみるが、「ジジジー、ジジジジジー」と鳴くセミの声に出会わない。
 ところが、山へ出かけた時である。里は32℃、ここは28℃。あたりはあの「ジジジジー、ジジジジー。」と鳴くセミの声ばかりです。
 「えっ、そうするとここは、私の子ども時代の気温?」
 とたんに昔は暑く感じていても今となれば、こんなに涼しいのだ、と発見したようなうれしさでワクワクしてきた。そこへ、「カナカナカナ。」と夏の終わりを告げるセミの声が聞こえた。そうなんだ、ここは夏休みの終わりの気温なのだ。
 もう50年も前の昔の子どもだった私は、このセミの声を聞くたびに「夏休みは終わりなのだ、今年も宿題をはやくやり終えることができなかった。」と悔やむ。毎年、夏休みの初めの計画では勢いづいてやるのだけど、いつも同じ繰り返し。切ない小学校時代の思い出がよみがえってきた。 K子

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2007年8月 6日 (月)

憲法って何?

1,憲法は唯一、国民が国に課した法律です。憲法を守るのは国民でなく国です。
 ジャーナリストの大谷昭宏氏の講演を聞いた。静かだけどしっかりと心に響く講演だった。「憲法は唯一、国民が国に課した法律である」と言う氏の言葉に衝撃を受けた。普通の法律を国民は守らなければならないのは当然ですが憲法は違うのです。そして憲法は、国民は「こういう生き方をしたい」と国にはっきりと宣言したというのです。私は、学校教育や社会で憲法はこのようなものだと教えられたことがなかった。きっとみなさんもそうでしょう?
 その根拠は憲法【第99条憲法尊重擁護の義務】があり、この憲法を尊重擁護しなければならない義務を負うのは天皇、国会議員裁判官その他の公務員であり・・・と記されているのです。だから憲法を変えようと国会議員が言い出すのは憲法上からおかしいのだそうです。でも私達は肝心の所を知らない。つくづくいかに字面だけを追って書いてある意味を読みとっていないかを知った講演会でした。氏は続けて、国民である私達は憲法で3つの生き方を宣言していると言っている。
 どういう生き方を私たちの先輩国民は宣言したのでしょうか?
2,日本の憲法は、国民の3つの生き方を宣言している

     1、主権在民

     2、平和主義

     3、平等主義

               という、3つです 。

1、主権在民
 主権は国民にあるが大勢では国の運営はできないので、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、国民の代表者がこれを行使し、その福祉は国民が享受する。これは人類普遍の原理である。基本的人権があり、国にアーしろ、コーしろと言われる筋合いはないという生き方です。そうすると「愛国心」を謳う新しい教育基本法は憲法違反になりそう。
 今回の参議院選挙で自民党は大敗した。国民の審判は自民党のやり方にノーをくだした。それなのに「国民の皆様に私のいうことがよくわかってもらえてないから続投します。」というのは、主権在民と議会制民主主義からみて変。正当な選挙が行われたから、辞任するか、自分の政策を変換するのが当然ではないでしょうか。
憲法?あわてて変えなくてもいいじゃないかというのが民意のようです。安部さんがよくわかってもらえてないとこだわるその真意は何なのでしょうか?みなさん、あきらめずに、民意を示し続けましょうよ。私達は主権在民という生き方を憲法で宣言したからです。それがよくわかった講演会でした。
2,平和主義
 「憲法9条の戦争の放棄」は中学校の社会の先生に教わった。米ソの冷戦状態で核開発の先陣競争しており、広島や長崎など問題外の大きさの核であることを話されたのを覚えている。9条の大切さが何となくわかった授業であった。
 前文で「恒久の平和を念願し、私達は平和を維持し、・・・全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利があることをしっかりと認める。」と私たちの先輩国民は宣言している。そしていわゆる憲法【9条】で一切の武器も永久に持たないと宣言しています。
憲法第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。
イラクで一発の銃声もうつことができなかったのはこのせいであり、戦後62年、日本人は世界のどことも戦争をしに出かけて人を殺さなかったのもこの憲法のせいです。それは小泉さんも言っていましたネ。世界の若者が羨ましがる9条です。
 軍は国際協力のためにある程度必要かもしれないが、今回安部さんが改悪しようという目的は、大谷さんの話では日米同盟を結んでいるため、アメリカの戦争を応援するために9条を変えるしかないという。でも世界中で戦争をばらまいているアメリカの応援をして日本が得することはない。自衛隊はやはり水害など救援用として働いてほしいものです。アメリカはアルカイダーを1ヶ月で、イラクは3ケ月でと言っていたのに、やはり武力で抑えるのは無理ですね。時代遅れですよ。世界は武力を使わない方向に進んでいるのです。
 そして格差社会を生む不平等な社会が戦争のために必要なことがわかった。そのわけを次に話します。
3,平等主義
 憲法【第25条生存権、国の社会的使命】があり、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
②国は、すべての生活面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
 70年代、社会保障が進んで、日本から貧困がなくなったと言われた時代があったのに、オイルショック、続いてバブルはじけ「構造改革」と小泉さんが叫ぶようになり、今は貧困の格差が目に見えるようになった。新自由主義と呼ばれる、大企業に都合のよい規制緩和、成果主義はインターネット難民、医療難民と呼ばれる人々を生み出していった。このインターネット難民のようなワーキングプアと呼ばれる人々こそが、戦争に行く餌食になるということだ。「戦争に行ったらたくさんの給料をあげますよ。帰還しても仕事も保障しますよ。」などの甘い言葉で誘う。NHK放映でも「派遣の仕事で物のように扱われるよりはマシ。平和は地獄」と言っていた日本の若者がいた。しかし現実はそんなものでない。戦争は「死」と引き替えであり、帰還兵の多くは心的後ストレス障害というトラウマで苦しんでいる。人間性が破壊されて社会生活ができなくなってしまう。このような貧しい若者が犠牲になるような社会を私達は許してはいけないと思った。平和がいい。徴兵制のためお国のために命を惜しまない教育なんて結構。結構と言えない社会にしていく「共謀罪」という法律が5回も上程されて流れたそうです。すでに愛国心を教える教育法ができました。先人の誓いを私たちは知らなすぎたと思いました。今からでも波よ広げれ、憲法9条!

  ジャーナリスト大谷昭宏氏の講演『波よ広がれ!憲法9条を日本から世界へ』講演より  K子

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