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2007年5月15日 (火)

「平和は絶望、戦争は希望」という青年の思い

《「平和は絶望、戦争は希望」という青年》
   昔、選挙の時投票率があがらないように「できるだけ国民は寝ていてくれた方がよい。」と言った首相がいたっけ。
   5月14日、今回の国民投票法案も無関心層が、寝ていてくれることを想定に国会で成立した。成立してしまえば確実に3年後に改憲に向けて発議が提出され、国民が意思を表明する「国民投票」が行われることになる。今の憲法には国民が主権で国民が決める権利があると書かれているが私達自身その実感はない。それをいいことに手続き法の整備案は改憲案を通しやすくするための内容で、無関心層が多く、国民は何も知らないだろうという前提で作られていると言われています。「国民投票」までに具体的には憲法審査会が作られ決められるそうだ。
   なぜ憲法を変えるのか、どこを変えるのか多くの国民がわからないのに、なぜ改憲のための手続きをいそぐのでしょうか。これから3年先に向けて私達は今の憲法がどんなもので、どこを変えようとしているのか、そして生活はどう変わるのか知ることが大事と思います。
   でも平和であっても食べられないという状態がどんどん進んでいる日本です。新自由主義という政策で国が福祉からどんどん手を引いて、大企業に有利な政策がどんどん進められている。すべての国民の生活は苦しくなる。そうなると戦争を望む青年をも生むことになります。NHK「クローズアップ現在」ではそのような青年を映し出していました。
NHKテレビ7日「クローズアップ現在」では九条を語れ~平和憲法の現在と憲法の思いをとりあげていました。しかし、「フリーターでは生活できないが、戦争に行って今より、あるいは自衛隊員より給料がもらえるなら戦争を選びたい。」という青年の言葉に心が痛みました。アメリカがすでにそうだそうです。

《異常な働かせられ方の青年と国策》
   今の青年の働かせられ方は 17日新聞報道でも
「心の病」労災 最多 30代突出 長時間労働、成果主義
   と見出しが踊っていました。非正規社員として戦争のほうが給料をもらえて生活ができると思ってしまうほど無法・違法なみじめで絶望的な生活なのです。もっと人間らしい誇りあるくらしをしたい、今を抜け出すには、戦争に行くしかないと思わせてしまうほどです。戦争は人を殺すこと、殺された家族のこと、自分もまた傷つくなどの想像力はそこに浮かんでこないのです。戦争のない平和な今のくらしは絶望、戦争はわからないから希望に見えるのです。
   戦争に駆り出されるのは、格差社会という生存競争の戦場で負けたそのような青年です。よい大学にいかれないでエリートになれなかった青年達を吸収していくという現実になっていくのです。すでにどの子も学力を保障するという旧の教育基本法は昨年の12月変えられました。教育再生法案に「愛国心」の涵養という言葉が入りました。進んでお国のために命を捧げる昔の日本の青年を作り出す教育方針が用意されています。そして靖国神社に祭られることを名誉とし、「愛国心」というお国のために命を捧げるという教育が用意されています。国策としてできない子の不満は国のために役立つという方向にすり変えるという政府の考えでしょう。昔の日本をイメージして時代錯誤でまさかと思います本気のようです。新聞報道によると「君が代 歌唱チェック 和歌山県教委、小中学校で」と現場は動き出しています。

《青年と国民の連帯意識へ》
   福祉から手を引き生活の困難さは老人や子育て世代も襲います。年金生活者である私達から直接に先に税金や国民保険料を値上げして差し引いておくという卑怯なことが決まったそうです。75歳以上から保険料(月平均)6,200円!!になる。後期高齢者医療制度が変わって来年4月から開始されるそうです。今関係なくても将来の自分に関わってきます。所得税の定率減税も1月に全廃され、6月には定率減税による住民税の大増税があります。国民年金保険料の引き上げは4月から上がりは選挙が終って08年度に消費税を引き上げる法案提出予定だそうです。国民は反対でも国民のことを考えない国会議員によって、数の力で国民の願いと反対の法案がどんどん決められていきます。
   青年、年寄り、子育て世代も国民みんなの暮らしはますます悪くなっています。弱い者いじめへの気運が強くなっている日本に、戦争によって解決しようという気運は戦前の悲劇になります。知性の力を持ちましょう。生活できないのには原因があります。国民の知恵をあわせてみんなの問題として考えてみませんか

《改憲の目玉は、アメリカとともに戦争する国にすること》
   戦争の実際はアメリカとともに戦争をすることです。だから60歳の憲法を変える目玉は、安部首相が宣言したように9条の2項の廃止です。憲法9条を調べてみました。

第二章 戦争の放棄
   第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

   すでに自衛隊がある。けれど、憲法で武力による威嚇を放棄しているためイラク戦争でも一発の鉄砲も打たず、また戦後60年、日本の若者は1人たりとも世界の戦争に出陣して死ぬという事はありませんでした。小泉元首相も言っていましたネ。これは世界がうらやましがることだそうです。
  それを政府は自衛隊が世界で戦争することができるように変えたいそうです。国民が要求したものでなく、アメリカの要請に答えたのが改憲動機です。この際、集団的自衛権という言葉が使われますネ。それを調べてみました。

《集団的自衛権とは》
   集団的自衛権とは
   自国は武力攻撃を受けないが、自国と密接な連帯関係にある国が武力攻撃を受けた場合、その武力攻撃を自国の安全を脅かすものとして、攻撃された国を援助してともに防衛にあたる権利。   (広辞苑 三省堂より)

    日本とアメリカは日米安全保障条約を結んでいるので、集団的自衛権を行使できるはずです。でもそれを行使できないのは、日本の憲法の②項があるからです。現在、世界の戦争のもとを作り出してアメリカは大忙しいですから、アメリカは日本に回りきれない所を闘ってほしいのです。そういう要請のもとに改憲に踏み切ったのが今回の改憲手続き法案なのです。過去にも変えるように要請されていたけれど、日本国民が許さなかったようです。調べてみると、1950年代に一度改憲の話が出たようです。でもその頃は私の親の世代です、戦争の被害をまともに受けていますから世論の猛反対にあって実現しなかったそうです。
   私は中学の社会の先生が授業中、一生懸命に第9条の話をしてくださったのを覚えています。直接、戦争の記憶はなく9条のよさの実感はなくても今、こんな世の中になってあの時の先生の思いが蘇ってきます。それがもし愛国心を教えてもらっていたら、その時実感がなくても、そんな世の中になったらいいことだと思うかもしれません。その点で教育は大切を思います。

《改憲、問われる一人ひとりの自覚的な意思》
 
もし、改憲されたとしたら自衛隊に入る人が少なくなる可能性があります。なぜなら戦争するために入隊したのでなく、自衛のためが目的であるし、自衛隊は資格をとるのにいろいろな特権があり、それがめあての人や身体をきたえるための人もあるからです。そうなると徴兵制となります。今、私達に直接関係ないかもしれない。でも孫の世代が戦争に行くことになる将来への責任は、仕事の現役を退いた人も含めて大人達にあるのです。
日本では今のところ戦争しなければならない緊急性はありません。あるとしたら、今世界で戦争をしかけているのはアメリカとともに戦争することだけです。そんな戦争はいやです。
   将来ある子ども達の未来を奪うことになる改憲を決めるのは、大人ですから大人の責任が問われます。大人の責任は、身の回りのことだけでなく、子ども達が健やかに育つ将来に目を向ける意思も持たなければなりません。ひとり一人が自分の問題なのです。考えて見ませんか。 K子

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