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2007年4月19日 (木)

再開された学力テストの真のねらいは?

再開される学力テスト・個人情報違反の重大な問題が!
   前回に書いたように、国際学習到達度力テストの結果が悪かったことがきっかけで、学力テストが、2007年4月24日全国一斉に小学6年と中学3年に行われることになりました。抽出ではありません。これから毎年行われます。学力テストの実務は民間の受験産業に委託します。NTTデーター(旺文社)とベネッセ(進研ゼミ)です。税金のお金を49億円も払います。問題になっているのがテストに個人名やテストに関係ないと塾に行っているかなど92問の家庭環境調査の質問項目の記入があるようです。塾勧誘の資料として受験産業がのどから手が出るほど欲しい資料が政府の庇護もとに民間企業に渡るということです。個人情報が握られるので憲法違反とも言われています。
   本来なら全国一斉にテストをしないで、担任の教師がテストを採点し、ひとり一人の子どものつまずきを見つけ、そのために再び理解させる手だてを考えるものです。それには教師に放課後、ゆとりを与えなければできません。そうしないのは別のねらいがあるからです。なぜなら教育もまた他の産業と同じく規制緩和をはずし、「新自由主義改革」にしようとしているのです。要するに国鉄や郵政事業と同じく国が金を出さずに競争によって学力もあげていこうとするものです。どの子も力をつけていく「学校の公教育」という使命をはずそうとしているのです。
   義務教育の学校を序列化、大変な競争と格差に学力テストを使う?
それは、どのようにしてそれは遂行されていくのでしょうか。次のようなセットで遂行されます。
   第1に、子ども同士競争意識の涵養のため学力テストを実施するということです。今でさえ日本の子どもは過度の競争のために発達障害を起こしていると国連の子どもの権利条約のDCIから勧告を2度も受けているのに・・です。「切磋琢磨が必要」だって?この国の大臣はどこをみているのでしょう。
   第2に学力テストと学校選択制のツウーセットで、親の学校選択の指標に学力テストを使うというのです。イギリスのサッチャーがやっていた「教育バウチャー(予算配分)制度」導入です。学力テストがよい子どもの学校に補助金が降りる制度を入れようとするものです。その配分の基準としてこれから行われようとしている学力テストを使おうとしているわけなのです。なんとひどいことでしょう。学校間、自治体間も競争させられてしまいます。今まではどんな小さな学校でも最低の基準を満たすべく施設などありました。公のものだからです。それをテストの点が悪かったらやらないというのです。悪い学校は廃校になってしまいます。民間委託に追い込まれるでしょう。まさにお金は出さない小さな政府、どの子も学力をつけていこう、人格の形成という公教育はそこにはありません。
   東京都が先取りでもうすでに3年です。いろいろな弊害が言われています。親は学校を自由に選べて良いように思われますが、基準がパーパーテストだけです。それによって親は選ばなければなりません。どうしても学校への学力への個々バラバラな注文が多くなり教師は汲々しているそうです。東京都ではすでに教師になる学生が少なくなっていると東京の大学の教授が述べていました。また、新入生のない学校も現れたということです。子どものいない地域はゴッドタウンみたいで不審者は出るはで、地域が沈没するようだと地域の人が述べているのをテレビで放映していました。イギリスではすでに見直しがされようとしているのを何で今更、と言いたくなります。
不安定な職業にすることによって、よい教師は生まれるの?
   さらに、国民の教師批判を取り入れ、公教育破壊のセットとして教員評価を新しく導入しました。私達も勤務評定はされていましたが、組合などの運動により実質評価は生きていませんでした。それを新たに効果あるものにする評定が導入されました。今の給料全体を増やさないで多い少ないと差をつけます。
   10年ごとに免許更新制も言われています。教師という仕事も10年度の更新のために途中でリストラにあうような不安定な職業になります。さらに人格の形成者として使命に燃えたことをしても上司に評価されないとだめです。結局上司である校長などの顔色を伺うことになります。教師になるのはいやだという学生も多くなるでしょう。よい人材が集まり育つはずがありません。国民が願った「悪い教師」を首にすることはこんな形で実現してしまいます。
   教育は「商品」でそれを扱うのが教師で、顧客は「親」で投資した子どもへの見返りが「学校がつぶれる」では割があいませんネ。教育に市場至上主義は合いません。学力テストでよい点をとるという「成果」を競わさせられる教師は、崇高な使命を持っていた前の教育基本法とまるで違う仕事になってしまいました。教育は内容を教えるだけでなく、子どもとのコミュニケーションで人格形成にとってとても大切なものなのです。商品化は人間の内面を大切にしないものです。
国の新たな教育統制
   お金は出さないのに、第3のねらいとしてこの際、国・文部科学省による教育の管理と統制の新たな仕組みを確立します。国が計画(プランP)→実行(ドウD)→点検・評価(チェックC)→改善(アクションA)を握ることで、少ない予算で強力に管理するのです。学力テストは点検・評価に当たります。PDCAサイクルと呼ばれる仕組みを作りました。各学校での地域に根ざした独自の取り組みなど入る余地はありません。私は校長をしていた友達がいるので、どれだけ校長達が教育委員会などのロボットとして身を粉にして一言一句違わないように身をすり減らしているかがよくわかります。だからこのような仕組みが新たに作られたら校長になる人も少なくなるのではないかと思います。現に先取りが行われている東京都はそうであるそうです。国は地方分権と言って金を出さないのに、教育だけ微々に渡って統制するのはわけがありそうですね。
   つまり政府が行おうとしている学力テストは子どもの学力を伸ばすためのものではありません。国際競争にうち勝つ3㌫の優秀な人材さえ確保できたらいいのです。ほかの子どもは国に命を捧げる実直な心をもっていてくれたらいいのです。「愛国心」を評価するということが教育再生会議で言われています。先取りですでに全国で評価させている通知簿がありましたネ。政府というお国のためにのみ命を捧げる「愛国心」は大事です。アメリカさんの「つっつき」がひどいのでね、それで今回特に憲法第9条を変えて戦争をする国にしようという話が進んでいるのですよ。最近私は政府というものは、何かのきっかけでこじつけて私達が願う内容と違うものに変えていくものだなあ、とつくづく思っている次第です。教育が大事だからこそ国は規制緩和しても、国のいうように動く人間づくりをねらっているのです。
日本の旧教育基本法を手本に、学力世界一はフィンランド
  ちなみに全体的に上位だったのはフィンランド。読解力と科学で1位。韓国とともに四分野すべてで1位グループに入りました。フィンランドは日本で言うような意味での受験のための教育熱心な国ではない。注目すべきはこのフィンランドは1990年代に日本の教育学者を招き、日本の旧「教育基本法」の精神を勉強して取り入れられたということです。ところが日本ではそれを昨年に強行採決で変えました。給食費滞納の問題のように、日本国民は問題が起きると本質を見極めると論議よりも、いつもなにか政府がやりたかったことを「この際のきっかけ」にすり替えられているような気がする。こんな感想を持つのは私だけでしょうか。このブログが考えるきっかけになれば幸いと思います。 K子  

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