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2007年2月23日 (金)

改憲のための国民投票法案と無関心

1_1  画像の絵本は、作家の井上ひさしさんが子ども達のためにつくった「憲法の絵本」です。いわさきちひろさんの絵で子ども向けにわかりやすく書かれています。講談社発行で952円です。一度読んでみてください。
 今、憲法の第9条戦争の放棄を変えようという話が出ています。つまり日本を戦争ができる国にしようとしています。それに反対する9人の人達でつくる「9条の会」というのが全国に広がっています。井上さんはそのメンバーです。ノーベル賞作家の大江健三郎さんもそうです。

 現在の私達の国の憲法は1947年5月3日に発布されました。60年前です。その憲法で私達国民は、国の主権者であることが明記されました。そして第99条で憲法を守らなければならないのは、政治家であることが明記されました。よく知られている第9条は戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認が明記されています。それまでの明治憲法で国民は主権者でなく、天皇の臣民でした。臣民とは、君主国の人民つまり天皇の赤子だったわけです。主権者と君主の赤子と待遇がずいぶん違います。

 今、政府はこの憲法を変えるための「手続き法案」を考えています。今の憲法には改憲の手続きとして各議員の総議員の3分の2以上の賛成がなくてはならない。そして「国民の承認国民投票法案」で「過半数」の賛成を必要とすると既定されています。しかし日本の国民は憲法を変えたいと思っていません。国民投票法案で過半数をとれそうにありません。むしろ世論調査では戦争だけはいやという人が多いのです。私の母もそうでした。
  そこで憲法を変えやすくする「手続き法案」を考えています。変えるハードルを低くする、つまり「最低投票率の既定がない」法案です。投票する人が国民の2割台の投票でもそのなかで「変えるのに賛成の人が多い」とみる法案です。その法案を今年の5月3日までに成立させようとしています。だから「よくわからなかったから、投票、何も書かなかったわ」「その投票、何?よくわからないから行かないわ」という人が多くても、知らない間に憲法が変わっていたということはあり得るわけです。また公務員や教育者は憲法のことを語れないというきまりをつけています。またテレビ、ラジオなどの有料広告が資金力のある財界や改憲に賛成の人々によって賛成宣伝が主流になる危険性もあるわけです。

 憲法は私達の国の形を決める大事なことです。だから変えるのなら賛成の人も反対の人もたくさんの人に関心をもってもらうように、時間をとって考えるのが当然と思いませんか。それを過半数取れないからと急いで、最低投票率の既定のない法を作ってまでして変えようとするのは姑息だと思いませんか。私達の知らないところで私達の大事なことが決められることは、民主主義ではありません。どんな憲法を選ぶかは、国の主権者である私達ひとり一人が考える問題です。なぜなら今回の改憲は、私達や特に未来の若者を徴兵させる暮らしへと変えていく問題だからです。無関心でいたら私達は、また父母の時代と同じ過ちを孫達に与えることになるのです。  K子

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2007年2月14日 (水)

「権利」の意味と防塵ネット

 教基法が改悪されて本当にがっくりきたが、同時にこの国の民の「権利意識」のなさに少しがっくりときた。私は高校の同級生のホームページを持っている。そこの掲示板に今回の教基法改悪の危機状態の様子を投稿したが、ふだんは饒舌な掲示板も平和の問題や教育基本法のこと、日本の将来への危機感などには沈黙だった。私が、いや私達関係者だけが危機意識を持って空回りをしていたのかと思えるほどだった。
 

 しかし、日本の国民が主権者としての教育をされていない歴史を本「証言」 太田 尭を読んで納得した。明治以来の脱亜入欧で天皇の臣民として教育されてきた社会では、なかなか自分の主張はできない。みんなに合わす国風は今も健在(?)だと言う。
 日本では、個人主義は利己主義と同じという土壌がある。自己主張は自尊心が高いと嫌がられる。自尊心が高いことはいけないことと思われている。また日本では地域共同体が、福祉の役割も果してきた。だから、自分を周りに合わすことが生きる無難な道であった。
 しかしアメリカで子育てをした友人は欧米では、きちんと自己主張できるように育てるという。親も学校もそうだと言う。人間らしく暮らすことは、一部の人のものでない。私達国民も人間らしく暮らしたい。国や国民という立場は違っても人間らしく暮らしたいという思いは同じだ。それが「権利」なのだ。立場は違っても当たり前のこと、それが「権利」という意味なのだ。それはヨーロッパの市民革命から認められてきた人類の遺産だ。
 新自由主義が横行するなか、私達は黙っていないで、志をともにする人々ときちんと交渉する勇気を持たなければならない。日本の歴史を選ぶのは、国民である。国民が賢くならなければならない。若い時に読んだ中国の魯迅の小説「阿Q世伝」のような、無知であって、弱いものには強く、強い者には弱い国民を大量に作り出されないよう、本当のことを知る賢い国民が増えなければ私達の幸せはないと強く思った。
 

 2件隣に新築の家が建とうとしている。しかし防塵ネットが張っていないため、木屑が北風に乗ってたくさんとんでくる。そのためお隣は、小さい子どもがいるにもかかわらず洗濯物も干せない状態であった。私の方は少しくらいでも干していたが、一階の駐車場の大事な車が木屑で埋まってしまいそうだった。それを見て夫が自分の休みの日の朝、現場監督に防塵ネットを張るように要求したがそのままだった。夕方、再び要求したら翌日から張ってくれた。この時ふと思った。
  人々が権利という意味を知っていたならば、尼崎などの住宅街の真ん中のアスベストの工場から、日々家のなかまで真っ白になってしまう状態に抗議していたかもしれない。アスベストが危険とわからなくても、自分の生活がその工場のため汚れで振り回されるのは、立場は違ってもいやである。みんなが抗議したならば、アスベスト(石綿)による工場付近の住民の健康破壊は防げたかもしれないとふと思った。 K子

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2007年2月 7日 (水)

学校給食は教育活動の一環です

学校給食の始まりは貧困児童救済
  明治22年〈1889年〉山形県の貧困児童を対象に昼食を与えたのが学校給食の始まりと言われている。以後学校での給食は、昼食が食べられない貧しい児童に国の補助を得て広がった。世界的にみても日本と同じように、各国とも貧困児童に与えたのが給食の始まりだ。日本では戦争時代になるとその給食がなくなった。日本中に食べ物がなかったからである。戦後、食べ物がないため当時の日本の児童の体格は大変劣っていた。お腹をすかした日本中の子ども達の悲惨な状態をみて、アメリカなど救援物資が届き再び学校給食が始まった。脱脂粉乳や余った小麦粉でパンが作られ与えられた。くさい脱脂粉乳はアメリカのブタの餌らしいとうわさしていた。よく知っておられる方もあるだろう。

教育活動の一環として法的に定められた学校給食
 
ところがこれが画期的に変わったのが昭和29年だ。学校給食は、昭和29年 学校給食法施行令、施行規則実施基準等が定められ、法的に学校給食実施体制が整った。この法によりこれまでと違い、食事についての理解や望ましい習慣をはぐくむと同時に学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うなど学校給食を教育の一環としてとらえることになった。例えば好き嫌いをなくすように指導しなければならなくなったわけだ。昭和31年、中学校にも適応されるようになった。しかし小学校でも給食が施行されない地方も多かった。ただし、給食費は保護者負担と定めている。
  昭和43年、学校指導要領に改訂により、学校給食が「学級指導」の領域に位置づけられた。そのため給食がない地方にも実施された。昭和51年、米飯給食も導入されるようになった。しかし、まだ中学校に給食がない地方もある。
 「学校指導要領」とは、政府が児童に教える内容を定めたものである。それに沿って教科書がつくられ、義務教育現場の学校教諭は、その通りに教えることが法的に定められている。学習指導要領は国語など教科だけでなく、学級指導や行事など領域に分かれ、その時間数も定められている。だから学校給食は義務教育の一環なのである。そのため現場では対面給食にしたり、教師がそこへ入って喋ったり、異学年と給食したり、父母、祖父母と食べる行事を組んだりしている。近年、若年性生活習慣病のために指導も言われている。私も食物を前に「これは骨をつくるの。」と教えたものだ。材料費に国の補助はあるが、どんどん減らされ、給食費滞納もあって給食をつくる現場は大変困っている。

異端でも真理があるのなら当たり前にする道へ
  
給食はもともと貧しい児童を対象に始まった。だから給食費を払えない家庭では、国家的に払わなくてもよい施策がされてもいい。そのために就学援助制度というものがあるが、知らない人も多い。また貧困層が増えてきたと言われる現在、その基準を見直す検討も必要だ。
  教科書は無償であるが、私の小学校時代は有償だった。最近政府案に教科書を、また有償に戻す案も出たことがあった。それは実現されなかったようだが、教師の指導書(各教科の教えるポイントなどを示した本)が各学級から学年1冊に削られた。
  国は今、金がいる。大企業の税金(法人税)をさらに負けてやり、アメリカのグアム基地移動の金を負担してやり、自衛隊は海外派兵が主任務となったためもっと金が要るなど大変なのだ。削るのは国民の社会保障費しかないのだ。そのため国民の年金や保険や定率減税をやめるなど社会福祉の費用をけずっている。国会の予算案をみるとわかる。できたらまた消費税をあげたいと思っている。だけど学校給食滞納はたかだか22億円。アメリカへの負担とは額が違う。そんな方へたくさんお金を使うのなら、みなさん、学校給食無償の方に使ってほしいと思いませんか?話は少しそれましたネ。
  以上、憲法26条に定められたように、義務教育は無償で学校給食は義務教育に定められているので払わないというのは、必ずしもおかしいとは言えない根拠だ。法律よりも憲法が優先する。憲法は大枠であり、その子細は国民が要求していかないと変わらない。そもそも国というものはそういうものだ。だけど無償と言えば、ドリル、ノートなど一杯お金がいりますネ。どこまで無償にすればいいのでしょうか。でも税金は払った分だけ、目に見えるように私達国民の役に立っているように使ってほしいですネ。
 1980年代、丸坊主反対で長髪を続けていた子が全国にいた。そんなことできるはずがないと思っていたけど、現在、中学校の長髪は認められている。私はこの時、信じられないことでも変えることができるのだと思った。次元は違うだろうけど、昔は異端でもみんなが納得して声をあげていけば変わると知った。知識を持って筋を通して、みんなが納得と合意を作っていく中で、真理があるなら、特異が当たり前になると思う。そうなるように私達も勉強しなければならないと思うのですが・・・。
  K子  

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2007年2月 2日 (金)

給食費未払いはだめ?

 高校の同級生3人と食事を囲んだ。「給食費未払いの親の話題」になった。私が元教師ということもあり、「このごろの親は自分勝手やな。」と同意を求められた。「先生が払っているんもあるらしいで。」このごろのひどい親に対する批判が私の口から出るのを期待したみんなの視線が、集まった。
 しかし私は「義務教育は本来無償やから、払わなくてもいいんちゃう。」と言ったから、みんなのどぎもを抜いたらしい。

 無償は憲法26条にある。「このごろ本当に払えない人もいるのよ。でも払えるのに払わない人がいちがい悪いと言えない。義務教育は無償というのが前提なの。昔は私達、教科書はお金がいった。だけど今はただなの。だから給食費がただであってもおかしくない。自冶体によってお金を出るからただの所もある。国だって大学まで学費がただの国もあるし・・。ただし、払えるのに払わないで教師を困らせるのはアカンと思う。きちんとみんなで自冶体に申し入れしたり順序がいるのね。」と自分の考えを言った。だけど人それぞれ、私が怒らなかったので興味なさそうに話題がすぐ次に移った。

 私はこの頃日本の、特に年配者に「権利」という意識のなさに少々がっかりしている。これは私も含めてである。私達は生活の中で自分が困ることの主張は、勝手なわがままな行為であると空気のように吸って生きてきたような気がする。昔ながらの地域共同体は言いたいことも言えないかわりに助け合いという役割も果たしてきた。

 だけど最近は新自由主義がはびこり、福祉がどんどん削られ、介護保険や医療保険などどんどん値上がりしている。年金が削られ、年寄りになるといつ病気になり生活が破綻するかもしれない時代になってきている。一方戦後、国家の横暴から国民を守る英知である憲法25条で、私達は人間としての暮らしを守られる基本的人権をもった人間だと保障されている。だけど、生活の中に生きていない。そして一人ひとりはとても善良な人々であっても、お上のいうことを聞かない者は、攻撃の的になってしまう国民性とつくづく思う今日この頃である。  K子

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