2009年3月14日 (土)

口伝、手まり歌などを紹介します!

顔知らぬ祖母⇒父(1900年生まれ)⇒私(1936年生まれ)⇒孫(1994年生まれ)
1.一もく、二もく
 一もく、二もく、三もく、さくら。さくらの枝に、とんびの首と、からすの首を、ねじ上げておいて、お殿様に見せた。お殿様は、お馬(んま)。槍の先(さき)ゃ、すってんどん。すってんどんの道を、尾のある鳥と、尾のない鳥が、あっちへぶらり、こっちへぶらり。ぶらつくところを、豆腐(とふ)屋の婆(ばば)さん、機(はた)から下りて、杓(しゃく)もっておさえた。その杓はどうした。つい火にくべた。その火はどうした。つい灰になった。その灰はどうした。つい麦かけた。その麦(むぎ)ゃ、どうした。雁(がん)が来て、食うた。その雁はどうした。山こえ、谷こえ、がんがら松に、止まった。

2.向こうの山を
 向こうの山を、さるが三匹通る。どのさるも、物知らず。いっちの中の子ざるが、ようもの知って、日本国(ごく)中(じゅう)歩いて、銭(ぜに)三文ひろて、いわしを三匹買うたれば、煮(にい)て食うても、塩辛し、焼いて食うても、塩辛し。あんまり塩がかあろうて、前の川へ飛び込んで、水を三杯飲(のん)だれば、あんまり腹が太(ふう)とうて、鐘撞堂へ上がると、鐘撞堂が、揺(ゆうるい)で、大きいやつあ、泣きゃる。小(こ)まいやつあ、笑(わら)やある。泣きゃんな、笑やんな。笑やんな、泣きゃんな。

3.襖の開け閉めの作法
 「上(じょう)すらり、中かったりの、下三寸、開けて閉めぬは、下下の下の助」
 音を立てずに、すらりと開閉するのが、上。かたんと音をたてるのが、中。隙間を三寸ほど残すのが、下。閉め忘れが、下下の下。

4.蜀山人の狂歌
 お話「店の前で、“おかる”という娘が水撒きをしていると、水が、通りがかった足軽の足にかかった。足軽は怒り『手打ちにする』と息巻いた。店のものが謝っても許さない。通りがかった蜀山人が、狂歌を読むから許すようにと申し出た。それは
『行きかかる、来かかる、足に、水かかる、足軽怒(いか)る、“おかる”こわがる』
足軽は許した。」

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2009年3月 7日 (土)

本の紹介 『優しい学校は いかが?』小川嘉憲著 文芸社 1400円

(どの子も 行きたくなる 学校をめざして) 

20090307osusumehon_2  カバー帯文より
「工場のような学校」でいいですか?
「生きる力が乏しい」と言われていた子どもたちは、実にたくましく、働き者だったのです。
「学ぶ意欲が弱い」といわれていた子どもたちは、心理を探求する「学習好き」だったのです。

「子どもたちを愛してやまない、それが教師」
阪神・淡路大地震を体験し、教育の再生に奮闘した、元中学校による心温まる実践記録。

私は、四十年間、中学校の教師をしてきました。その経験からしても、今ほど「子どもたちに冷たい」学校と社会は無かったように思います。
(中略)ちょっと待ってください。子どもたちの声に耳を傾けてください。子どもたちに話し合いをさせてやってください。きっと大人たちの信頼に応えてくれますよ。この本には、そんな子どもたちがいっぱい出てきます。子どもたちに寄り添い、子どもに学校を合わせる「優しい学校」です。

感想小川 嘉憲さんの、この実践記録は、60年代の「山びこ学校」(無着成恭)、「学級革命」(小西健二郎)、「村を育てる教育」(東井義雄)に匹敵するもの、いや、それを超えるものと言っても、よいでしょう。
教師・生徒、父母・地域、の知恵と力が、ない交ぜになって、現在の、学校・教育の困難な問題に取り組み、解決の方向を見出そうと奮闘している姿が、生き生きと、温かく、描かれています。

それは、兵民協での中野照雄さんの講演「授業をめぐる学生気質について」(科学的な探究心に餓え、仲間とのかかわりを求めている学生たち)とも通じるものだと思います。   紹介者:小川 旦

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2009年2月25日 (水)

「授業をめぐる学生気質について」

兵民恊 拡大事務局会議(2/21)での中野照雄さんの講演    要約 小川 旦

科学的な探究心に飢え、仲間とのかかわりを求めている学生たち
・ 38年間の教師生活。
・ 素敵な新採用の先生との出会い。スクールアシスタント、07年7月~08年3月。
理科専科2クラス、校庭の木、自然を持ち込む。困難をかかえている、子どもが生き生き、蚕・実験を楽しんで・自然のたより(冊子作り)・3年生との交流で
1.生活科前期の授業を受けて(9人の先生・各教科のエキス・140人)
・放課後の学生・授業の様子(私語)・仲間とのかかわり
2.後期生活科教育法(4回)
①子どもの興味・関心・生活を教室へ
・ 小1プロブレム(学級崩壊現象)を乗り越える―すずめ・せみ―・自然のたより
・ 種の観察(だいずー芽の準備と子葉、双葉ははとに・小麦―8割が知らない・種を割ること・初めての観察・白い物は胚乳・皮は?・中がへっこんでいるのは?―新たな発見)
②フレネ学校の子どもたち(ビデオ)
フランス・3歳~11歳60人3クラス・教科書はない・各自の計画表に沿って学習・カードが並んでいる・表現重視(自由作文・印刷・地域・学校間)・子どもが主人公の学校
・ 学生たちの反応―いつも指示されて勉強してきた・まわりをいつも気にして生活してきた・人を批判などできない(いじめ)・こんな学校に行っていたら楽しかっただろうな
③自然と遊ぼう―草木が仲間を増やす知恵―
・ 作る時は友達のを見たりしてよく飛ぶように工夫する・教えあって作ること
・ 学生たちの反応―種の不思議に感動・マツボックリの働きに感動・鳥が食べて糞で種を運ぶことを知らなかった・種や鳥の学習が楽しかった。グループの友達と助け合ってする雰囲気がとてもよかった。
④動く車を作って遊ぼう―風で動く車―
・ 準備物をそろえることが学習・準備物がそろえられると半分できている・班の友達と走らせて見ること・班で一番よく走るのはどの車
・ 学生たちの反応―友達と会話をしながら、助け合いながらの作業はとても楽しかった。
 班活動がほとんどで、友達と協力しながら作ることで仲間意識も強くなる授業でした。えあうことでコミニュケーションが取れるところが良い。友達と走らせて夢中になった。
楽しく分かる授業づくりのポイント
1.教える内容がはっきりしているか 2.子どもの思考の流れに沿っているか(思考をゆさぶるのが授業)3.具体的か(活動があるか・具体物が適しているか・発問が精選されているか)4.学び合いがあるか(グループ)その結果、発見・驚き・感動があり、新しいことを知り、おもしろかった、よくわかったという喜び。
すばらしい内容だった。中野さんの生の話を聴く機会を是非、持ちたい.

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2007年9月24日 (月)

プライドが高い男の子

やんちゃな幼児のだだっこぶり
  2種類の紙トンボがあった。ある4歳くらいの男の子がそれらの紙トンボを飛ばした。1種類の方がうまく飛ばなかった。もう一度やったが失敗した。だから、彼はもう試すのを嫌がった。それを見てある人が、
「結構、プライドが高いねんね。」
とほほえみながら言った。
  私は直感的に違う!と思った。彼はイヤと素直に自分のありのままの気持ちを表したにすぎない。彼の意見表明だ。誇り高い自分ありたいと思ったわけでない。失敗して自分の気持ちが傷つけられると思ったわけでないと思った。でもよく世間でそのように使われる。その根底にはプライドが高いのはいけないという日本人のいましめのような気持ちがこもっている。またそのように決めつける大人の言葉が子どもの心を傷つけると思った。

 では私はどんな風に対応したでしょうか?
  私は自分の思いを口にし、ありのままの自分である彼がいとおしくておかしくてたまらなかった。この講座に来た頃は赤いキャラクターの顔の輪郭線がうまくつながらなくて、むしろ赤ちゃんに近い方だった。1年経つと目鼻立ちがわかる顔を描けるようになっている。今、イヤと自分の思いを素直さに出すしぐさは笑いを誘わずにおられない。ここに彼が、ありのままの自分を出せるのはそれを受け止めてくれる大人達、私やお母さんを含めスタッフがいるからでしょう。現に彼がやる気になるまで待っている講師さんがいるからです。
   以前、商店街で父親にだっこされ、彼は父親に頬を寄せ安心してスキンシップを楽しんでいる姿を見たことがある。彼の母親は寄り添うように信頼して一緒に歩いていた。母親がいつも彼に指示的な口調で話しかけないのは、きっとそこからきているのだと思った。ありのままの自分を出している彼をかわいいと思うのは、十分に両親にありのままを愛されているからでしょう。

 ありのままの自分を受けいれてくれる人間関係があることが、自律的・社会的主体としてきちんと成長発達する保障をするのに不可欠です。泣いたり悪さをしたりといったさまざまな行動に対して無条件かつ継続的に、今日の彼の意見表明には「うまく飛ばないのだね。いやだね。」と肯定的にかつ誠実に対応してくれる親や大人との関係がいるのです。私は彼が興味を持ったおもちゃと一緒に遊びました。彼が自分の心と折り合いをつけるのを待つのも大事です。その後講師さんの呼びかけに彼は苦手な方の紙飛行機も作りました。そういう体験を十分にして子どもは「ここにいていいんだ。」「自分は大切なんだ。」という安心感や自己肯定感を持てるようになり、自分を誇りに思えるようになると思います。十分にそのような体験をした人は他人の心に共感できる大人になるのです。それをまだ幼い彼にプライドが高いので傷つくことを避けていると思うことは、大人の勝手な解釈だと私は思うのです。

「プライド」が高いのは、いけない?
 「プライド」って何だろう。私はインターネットで調べてみたが納得いくものがなかった。英語の辞書の「自尊心」を引いてみた。二つあった。一つにはセルフーリスペクトself-respect「自分を尊敬する」という直訳になる。自己肯定感に似ていると思った。もう一つは、プライドpride で「自慢する」「誇りにする」という意味です。誇りは自己肯定感も含むと思った。
  つまり「自尊心」にはselfーrespect という「自分を尊敬する心」(自尊心に似た意味)の意味とprideという「自慢する、誇り」という意味があるのです。おそらく人権という歴史からいって、人は生まれながらに基本的人権があり、「自尊心」が基本になっている欧米の歴史と、世間に合わせる没自我の日本の文化の違いが、「自尊心」をpride、自慢すると否定的イメージの方に定着させていったのでないかと思います。きちんとしたことを知っている人、教えてください。

  良きにつけ悪しきにつけ没自我で生きられた封建制の残った日本の地域社会の人々は、今日、成果主義の市場主義社会のなかで、「個」が直接社会にさらされるようになったと思います。これに対応する人格を育てる環境は遅れています。一方で自尊心=プライドが高いことは自己主張し、自慢し他人のことを考えない悪いという日本文化があり、一方で競争と選別の教育環境があり、親の価値観に合わせている子ども達は、ありのままの自分でいられません。自己肯定感も自我も確立できないでいる実際ではないでしょうか。
  欧米の文化では、幼少から自我の確立のため自分の意見をきちんと述べることが大事にされると言います。アメリカに夫とともに赴任した同級生が、向こうの方に意見を求められて意見を述べると、
「それは一般的な考えでしょう。あなたの意見を述べてください。」
と言われて当惑したと言いました。これは子どもだけでなく日本の大人が、自立した個でないことが多いということにつながると私は思います。

  本来、プライドは高いということは、他人と共感する心を持ち合わせている上に成り立っていて、十分自己肯定感を持ち、自分を誇りに思っているとてもいいことだと思うのです。そしてそれは人間関係の中で育てられるものだと思うのです。

 言った人の本意と違うことを感じてかもしれないけれど、何気ない会話のなかに人権がひそんでいると思った日でした。  K子

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2007年8月22日 (水)

熱中症

 地球温暖化が誰の目にもはっきりみえるくらいになった日々です。酷暑日という35度Cを越える暑さのため「熱中症」になったり、そのために亡くなる人も出る今日この頃です。40度C を超える暑さは驚きですが、それも普通になってしまうのでしょうか?最近の熱中症という言葉を聞くたびに私も熱中症になって一つ違えば亡くなったかもしれないあの日を思い出します。私は、偶然に水をたっぷり飲んだことによって救われました。   

 もう25年になるでしょうか。5・6年生の野外学習としてキャンプがダムで行われました。そこに私は担任でなく付き添いとして参加しました。バスに乗って現地近くまで行き、後はダムのキャンプ場まで一本道で車も通らない安全な道なので、子ども達を歩いて現地に向かわせることになりました。
 でも先生達は、救急用や物資を運ぶための車に乗せてもらって行かれました。何往復かで全部の先生が車で先に現地に到着しました。私は担任もその車に乗って行ったことに腹が立ちました。私が担任なら、子どもと苦しみをともにしたいというのが、自然な気持です。そこで私は歩くことにしました。夏であるので私は日に焼けないように長袖の服を着用し、手袋をつけ帽子をすっぽりかぶり、おまけにタオルか何かを首の回りに巻いていたような気がします。つまり、日に当たる部分が少ない代わりに熱がこもる格好だったような気がする。

 子ども達と会話を交わしながら2時間ぐらいの道のりだっただろうか。
自覚症状はなかったが、ふっと意識がとぎれるような気がしたと思う。喉が渇いたという自覚もなかったのは確かです。ふと見ると目の前に自然の水飲み場があった。そこで子ども達が水を飲んでいました。私も水がほしいと思わなかったが、飲んだ。そこで生き返ったような意識がしたのを思い出す。長い間、そこにいた。現地はそこからすぐだった。
  それからが、なんだか変。その日はしんどくてボーっとしていました。なぜだろうかなとその時は思いました。今から考えるとこれが熱中症だったのは確実です。そして偶然に水のみ場があって子どもにつられて飲んだから助かったのだと、この頃になってぞっとします。テレビの報道を見てるたびに思います。もちろん熱中症という言葉も症状も知っていましたが、まさか自分の状態がそうだという自覚がなかったですし、また今日ほど身近な出来事でなかった時代の話です。 K子

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2007年8月15日 (水)

セミの鳴き声

 「シャー、シャー。」と暑苦しく鳴くせみ。
 私はセミの種類の名前に通じていないので鳴き声だけの話をします。
 ある男の人と話をしていた時、
「このごろ、地球温暖化のせいで、シャー、シャー、シャブー、と鳴くクマゼミが多くなった。昔はあのせみは少なく、ジジジー、ジジジジーと鳴くアブラゼミが大勢を占めていた。」
とおっしゃる。そこで気をつけて聞いてみると、私の周りは朝から「シャー、シャー、シャブー」とうるさい。そう言えば、私の子ども時代、昼寝の耳に「ジー、ジー」と油で照りつけるようなセミの声が耳に残っている。あれを聞くだけで暑さがいっそう増幅させられたようだった。マンガにもセミ取りをしている子どもの相手のセミはこんな声だった。
 以来、あちこちでセミの声に耳を傾けてみるが、「ジジジー、ジジジジジー」と鳴くセミの声に出会わない。
 ところが、山へ出かけた時である。里は32℃、ここは28℃。あたりはあの「ジジジジー、ジジジジー。」と鳴くセミの声ばかりです。
 「えっ、そうするとここは、私の子ども時代の気温?」
 とたんに昔は暑く感じていても今となれば、こんなに涼しいのだ、と発見したようなうれしさでワクワクしてきた。そこへ、「カナカナカナ。」と夏の終わりを告げるセミの声が聞こえた。そうなんだ、ここは夏休みの終わりの気温なのだ。
 もう50年も前の昔の子どもだった私は、このセミの声を聞くたびに「夏休みは終わりなのだ、今年も宿題をはやくやり終えることができなかった。」と悔やむ。毎年、夏休みの初めの計画では勢いづいてやるのだけど、いつも同じ繰り返し。切ない小学校時代の思い出がよみがえってきた。 K子

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2007年8月 6日 (月)

憲法って何?

1,憲法は唯一、国民が国に課した法律です。憲法を守るのは国民でなく国です。
 ジャーナリストの大谷昭宏氏の講演を聞いた。静かだけどしっかりと心に響く講演だった。「憲法は唯一、国民が国に課した法律である」と言う氏の言葉に衝撃を受けた。普通の法律を国民は守らなければならないのは当然ですが憲法は違うのです。そして憲法は、国民は「こういう生き方をしたい」と国にはっきりと宣言したというのです。私は、学校教育や社会で憲法はこのようなものだと教えられたことがなかった。きっとみなさんもそうでしょう?
 その根拠は憲法【第99条憲法尊重擁護の義務】があり、この憲法を尊重擁護しなければならない義務を負うのは天皇、国会議員裁判官その他の公務員であり・・・と記されているのです。だから憲法を変えようと国会議員が言い出すのは憲法上からおかしいのだそうです。でも私達は肝心の所を知らない。つくづくいかに字面だけを追って書いてある意味を読みとっていないかを知った講演会でした。氏は続けて、国民である私達は憲法で3つの生き方を宣言していると言っている。
 どういう生き方を私たちの先輩国民は宣言したのでしょうか?
2,日本の憲法は、国民の3つの生き方を宣言している

     1、主権在民

     2、平和主義

     3、平等主義

               という、3つです 。

1、主権在民
 主権は国民にあるが大勢では国の運営はできないので、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、国民の代表者がこれを行使し、その福祉は国民が享受する。これは人類普遍の原理である。基本的人権があり、国にアーしろ、コーしろと言われる筋合いはないという生き方です。そうすると「愛国心」を謳う新しい教育基本法は憲法違反になりそう。
 今回の参議院選挙で自民党は大敗した。国民の審判は自民党のやり方にノーをくだした。それなのに「国民の皆様に私のいうことがよくわかってもらえてないから続投します。」というのは、主権在民と議会制民主主義からみて変。正当な選挙が行われたから、辞任するか、自分の政策を変換するのが当然ではないでしょうか。
憲法?あわてて変えなくてもいいじゃないかというのが民意のようです。安部さんがよくわかってもらえてないとこだわるその真意は何なのでしょうか?みなさん、あきらめずに、民意を示し続けましょうよ。私達は主権在民という生き方を憲法で宣言したからです。それがよくわかった講演会でした。
2,平和主義
 「憲法9条の戦争の放棄」は中学校の社会の先生に教わった。米ソの冷戦状態で核開発の先陣競争しており、広島や長崎など問題外の大きさの核であることを話されたのを覚えている。9条の大切さが何となくわかった授業であった。
 前文で「恒久の平和を念願し、私達は平和を維持し、・・・全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利があることをしっかりと認める。」と私たちの先輩国民は宣言している。そしていわゆる憲法【9条】で一切の武器も永久に持たないと宣言しています。
憲法第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。
イラクで一発の銃声もうつことができなかったのはこのせいであり、戦後62年、日本人は世界のどことも戦争をしに出かけて人を殺さなかったのもこの憲法のせいです。それは小泉さんも言っていましたネ。世界の若者が羨ましがる9条です。
 軍は国際協力のためにある程度必要かもしれないが、今回安部さんが改悪しようという目的は、大谷さんの話では日米同盟を結んでいるため、アメリカの戦争を応援するために9条を変えるしかないという。でも世界中で戦争をばらまいているアメリカの応援をして日本が得することはない。自衛隊はやはり水害など救援用として働いてほしいものです。アメリカはアルカイダーを1ヶ月で、イラクは3ケ月でと言っていたのに、やはり武力で抑えるのは無理ですね。時代遅れですよ。世界は武力を使わない方向に進んでいるのです。
 そして格差社会を生む不平等な社会が戦争のために必要なことがわかった。そのわけを次に話します。
3,平等主義
 憲法【第25条生存権、国の社会的使命】があり、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
②国は、すべての生活面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
 70年代、社会保障が進んで、日本から貧困がなくなったと言われた時代があったのに、オイルショック、続いてバブルはじけ「構造改革」と小泉さんが叫ぶようになり、今は貧困の格差が目に見えるようになった。新自由主義と呼ばれる、大企業に都合のよい規制緩和、成果主義はインターネット難民、医療難民と呼ばれる人々を生み出していった。このインターネット難民のようなワーキングプアと呼ばれる人々こそが、戦争に行く餌食になるということだ。「戦争に行ったらたくさんの給料をあげますよ。帰還しても仕事も保障しますよ。」などの甘い言葉で誘う。NHK放映でも「派遣の仕事で物のように扱われるよりはマシ。平和は地獄」と言っていた日本の若者がいた。しかし現実はそんなものでない。戦争は「死」と引き替えであり、帰還兵の多くは心的後ストレス障害というトラウマで苦しんでいる。人間性が破壊されて社会生活ができなくなってしまう。このような貧しい若者が犠牲になるような社会を私達は許してはいけないと思った。平和がいい。徴兵制のためお国のために命を惜しまない教育なんて結構。結構と言えない社会にしていく「共謀罪」という法律が5回も上程されて流れたそうです。すでに愛国心を教える教育法ができました。先人の誓いを私たちは知らなすぎたと思いました。今からでも波よ広げれ、憲法9条!

  ジャーナリスト大谷昭宏氏の講演『波よ広がれ!憲法9条を日本から世界へ』講演より  K子

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2007年7月23日 (月)

一生懸命に働いてきた者が報われるように・・・

 まじめに一生懸命に暮らしてきたのに今、私達は生活の不安でいっぱいです。「生活は政治と結びついている」というのであるけれど、ふだんの私達は国会がどっち向いているのかピンときません。そこで年金の歴史を調べてみました。

  1、社会保障と国の行政の責任

  日本の年金の歴史は浅く、皆保険の制度が導入されたのは1962年ごろだから、今65歳ぐらいの人が二十歳になった頃始まりました。年金制度導入の契機は、国民の生存権の増進を努める国の役目のためで
 憲法25条に【生存権、国の社会的使命】すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 ②国は、すべての生活面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
 にあり、この②の国が考えた制度が皆年金で、「老人の生活を働いている世代が支える」という助け合いの発想で始まりました。また、働いている人達は将来老後のための積み立てという年金制度となります。

 皆年金には三つの種類があります。
1,共済年金・・・
  国家公務員や地方公務員の年金で、管理は共済組合で独自にしている。掛け金は非常に
高く、給料から天引きされる。雇い主の国や県が半分負担している。かって国鉄の労働者もそうでした。
2,厚生年金・・・
  会社で働いている人達が入る年金。給料から天引き。雇い主の企業が半分負担し、国は25条の観点から働いていない妻の国民年金も負担する。しかし国や自治体に治めない企業主があったようで、今「治めたはず・・・」という問題にもなっているのがある。会社はこのお金を払うのがイヤで非正規雇用が今、大変増えています。給料が少なく普通のマンションは入られないし、国民年金も払えないという若い人達のネットカフェ難民というのを生んでいます。結婚できない給料で一家庭がもつ子どもの数は1.57ショックと言われ、少子化の大きな原因とも言われています。
3,国民年金・・・
  上記以外の自営業者や店舗の人や医者など夫婦が入る。自分で治めに行く。導入された頃掛け金は安いが将来もらえる金額も少ないため、たくさんもうけている人で定年がなく働ける人は、治めても得することがないと治めない人も多かったそうだ。
  憲法25条健康で文化的な最低生活を保持するために発足したにもかかわらず、現在でも満額でももらえる額はわずかで、介護保険の天引きや医療費も高くなりさらにもらえる額は減っている。若者の就労も不安定で国民年金さえ納めることができない層が増え、貧富の格差をうめるものになっていない。国がもっと生活できる最低の金額保障し掛け金と併せてもらえるような制度にしてこそ、憲法25条への国の責任は果たされると思います。満額25年は長いです。

2,国の無責任な年金保管の態度
  年金問題の起こりは地方自治体に治めた時期もあって、年金番号が複数になった。それを統一した年金番号にしようと管さんの時に決まり、小泉さんの時から実施された。これが誰の記録がわからない今の宙に浮いた年金騒動の始まりです。パソコン入力の際の名前の間違いや年金の種類が変わった人、結婚して姓が変わった人、転居した人、会社を辞めて国民年金に変わった人など払っているにもかかわらず、継続の記録がないのが判明しました。宙に浮いたのと照合するのは大変です。
  また日本国中の国民のお金を長期に渡って預かるため国の乱用も生まれる。預かっている年金を運用するという法律をつくり、「グリンピア」のような施設をたくさん作った。しかし儲からないため、ただのような値段で売りに出したというのをたまたま夕方のテレビ報道で知った。株に流用してもよいという法律もつくられました。いま、少子化を口実に将来の年金がないので支払いの値上げが言われているが、それより年金の保留分を使い込まれた国民年金のみなさんへの補償どうなるのかしら。みなさん、知っておられる?

3,もう一度、国民のための政治を取り戻しましょう
  1973年(昭和48年)が福祉元年と言われ、この年に「老人医療無料化」が実現した。日本は高度経済成長で経済大国に発展していきました。一方、世の中は公害反対の運動がさかんでした。東京(美濃部知事)、京都(蜷川知事)、大阪(黒田知事)など府民のことを考えた政治の波が高揚していた時期と重なります。国の社会保障費も増え、日本から貧困はなくなった、一億オールホワイトカラーと言われた時代です。年金生活では苦しかろうと老齢加算というお金ももらえました。昨年だったか廃止されましたネ。
オイルショック後福祉はどんどん後退していきました。この経済大国の日本に「餓死」という新聞報道もされるようになりました。ある教師の「この日本に発達途上国のような貧しい子ども達がいるのにびっくりする。」という告発もあります。
  また皆年金が作られた頃に比べ、長生きする老人が非常に増えました。国は補助のお金を減らし続け老人医療費はすでに無料ではありません。もっと老人の医療費を減らそうと「後期老齢者医療制度」が強行採決され、来年4月から施行されます。75歳になると扶養家族から独立して老人本人の年金天引きで医療年金のお金をむしりとられます。
  新聞のひととき欄に特別養護老人ホームに母を見舞った時の様子が掲載されていました。・・・母は「行き過ぎたのう。」とぽつりと言って肩を振るわせて泣いた。・・・。長生きはめでたいことなのに、老後もお金しだいなんて悲しいです。尊厳を否定されるようです。
国はひとときでも憲法の趣旨を行おうとした時代もあった。今は新自由主義と言って国民のためにならない政治が行われています。小泉さんが「構造改革」と叫んでいたのはそれだったのです。私達は十分考えて大切な一票を使いましょう。たかが一票、されど一票です。  K子

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2007年7月 6日 (金)

乳幼児は、母親の心を読みとることができる

   日曜日、毎日テレビの「動物奇想天外」が意外に面白い。いつも自然界の動物達が自然に調和し、また過酷さに耐えて生き抜く姿に感動させられる。そんな動物達の環境を簡単に壊すのが人間であるのにいつも愕然とさせられる。
   ある日、人間の子どもとチンパンジーの違いを見せつけられた面白い実験が二つあった。

《渡れない橋でも、お母さんの顔つきをみて渡る1歳の赤ちゃん》
   一つ目、人間の1歳くらいの乳幼児は、大人の心を読みとる能力を持っていることを示す実験であった。実験の場の設定はある二つの高い床があり、それを透明なアクリルの板でブリッジにして渡れるようにしてある。透明であるけれども少し大きい3歳児ぐらいになると渡れるとわかるようなつくりである。
   ハイハイができる赤ちゃんを一方の床の上に置く。一方お母さんは乳児からみて渡った橋の向こうの床にいる。お母さんのいる所へ行こうと赤ちゃんは、透明になっている橋のそばまで行く。でもブリッジは透明なので渡れないと思い、止まります。赤ちゃんはお母さんの顔を見る。お母さんが心配そうな顔をすると渡らない。大丈夫、渡れると笑顔を見せると渡れると判断するのです。それに比べてチンパンジーの子は自分で確かめて渡る。生まれて同じくらいの年齢の赤ちゃんはチンパンジーの方が賢いのです。これは自然界に住んでいるため、人間より早く自立して危険を察知しなければならないためこの時期としては人間の子よりも発達が早いそうです。納得しました。

《赤ちゃんの成長には、お母さんへの無条件の安心と信頼が必要》
   この実験は、1歳ぐらいまでの人間の赤ちゃんでもお母さんの表情から心を読みとることができる、賢いという実験である。私はそこに赤ちゃんの無条件のお母さんへの信頼を見た思いがしました。このような高度な精神行動を発揮できる根底には、お母さんに絶対的な信頼をおかなければできません。赤ちゃんも知らない大人なら渡らないでしょう。つまり人間の赤ちゃんは生まれながらに社会性を持った存在であるし、無条件に信頼できる・安心できるお母さんという場の占める割合が大きいということを証明しています。人間の乳幼児は、無条件に信頼・安心のもとで母親の顔色から、「いけないこと」「よいこと」を学ぶ高度なコミュニケーション能力を持っていることです。
   これは3歳までは言葉が通じないのでたたいて体で教え込まなければわからないのでなく、かわりにお母さんの悲しそうな顔、怖い顔、そして言葉のトーンで「いけないこと」を、また優しい顔などで「いいこと」を伝えられるということです。無条件に安心・信頼のお母さんの腕のなかで、いたずらや失敗を重ねてゆっくりと自分の個を成長させていくのです。
   それには、コロコロお母さんの態度が変わってしまうと赤ちゃんはとまどってしまう。また子どもを傷つけるような言葉づかいも赤ちゃんを傷つける。そのような態度は人間を信頼できない子どもに育つ危険もある。だからまわりの人達がゆったりとできるようにお母さんを支援することが大切と思います。また早期教育という子どもにとってよかれと思う親の学歴の押しつけが、自分の要求を抑えゆがめられ信頼・安心の心でなく、少年事件に発展することはありうるということです。

《乳幼児期の安心・信頼は人間観を左右する》
   
間としての特性である対象は生母とは限らない。それに代わる絶対的に安心・信頼を託せる人が赤ちゃんにとって必要ということであると思います。
   カウンセリングの学習のなかでこのような関係がうまくできなかった人が社会生活でコミュニケーションがとりにくい人格に育っていくことも学んだが、それが今回この実験で裏付けられたと思いました。

《赤ちゃんは2歳までは本物との区別がつかない》
 
もう一つ、実験があった。2歳ぐらいまで人間の赤ちゃんは、本物と実物の区別がつかないという実験です。
赤ちゃんでも座れない小さい椅子に自分が座れるかどうか、わからないで座ってしまう。写真の靴でも履かれると思ってしまうという実験でした。
   この実験の後の解説が、「人間の2歳までの赤ちゃんにとって実体験が大切」と述べていました。赤ちゃんにとって小さい失敗が大切ということでしょうネ。もちろん同じぐらいの年令のチンパンジーの子どもはちゃんと区別がつきます。   K子

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2007年6月12日 (火)

子どもの絵画を大人がどう読むか!

  子ども達と手作りおもちゃを通じて触れ合うボランティアをしている

  最近、1年生の男子が3人連れだってきた。今日はビニールの落下傘を作るのである。まず、無色のビニールにマジックで絵を描く。ところがそのうちの1人がいきなり「骸骨」を書き出した。次に「骨」「肝臓」など体の中のものを続けて書き出した。それを見てあるお母さんが「気持ち悪い~」と言われた。たぶん変な子だという意識も働いている気がした。私もこの子はなぜこんなのに興味を持っているのかなと思った。ふとみると手首からひじにかけて包帯で巻いている。「あ、骨折かなにかしたから、骨に意識がいっているのだな」と感じた。それで、
「この手どうしたん?」と聞くと
「ひび、いってっるねん。」
と言った。それで納得して、
「骨、ヒビいったから骨に興味があるんやな。」
と言うと
「うん。」と言った。そのやりとりでお母さんもその奇異な絵に納得された。
   私は心理学で「絵画療法」という単位の研修学習したことがある。それでわかったのだけど、テレビで心理学の先生がある人の描いた絵をみて「あーだ、こーだ」と言っているがそれは、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と同じだということです。そのわけは、人間は興味や意識がいっているものを描く。だけど、それは今の心理の一部である。だから誰にも当てはまるような一面を述べているにすぎない。
  本当にわかるのは、生活の一連の事実を追っていってこそ絵から心理がわかるということです。生活の一部始終を長時間かけてみているとその子の考えている心理傾向が絵に現れる。その人の背後の生活からの心理が見えてくる。時には、絵に現れた「SOS」というサインかもしれない。
  今日の男の子はちょっと見ると奇異な絵に映るでしょう。だけど彼は骨にヒビがはいる痛い目にあったから心に染みついて絵に出てしまったのです。そう思うと奇異な絵も納得がいく。

   母親の頭部を切断した少年事件があった。中高一貫校で猛勉強している。弟と親元を離れて生活している。だけど母親はきっちり世話をしに通っていて放任ではない。むしろ働きながら勉強のためにきっちりと世話を焼いている。
   新聞記事でしかわからないが、彼はふだんからホラー的なものに惹かれ、そのような絵も描いていたという。一見、彼の事件と関係ないが彼の深い思いがそこに込められている。それに気づいてどうしてそんな絵に心を惹かれるのかと寄り添ってやる大人がいれば、今回のことは防ぐことができたかもしれない。「成績」という押しつけられた学力にのみの息苦しさが彼を異常な心理に追いやったのかもしれないと思いながら事件の記事を思い出しました。   K子

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«「平和は絶望、戦争は希望」という青年の思い